それは、残業を終えて、疲れ果てて帰宅した、金曜の夜のことでした。いつものように、マンションのエントランスのセンサーに、キーケースをかざそうとして、私は、その異変に気づきました。カバンの中を探っても、いつもそこにあるはずの、キーケースの感触がありません。上着のポケットにも、ズボンのポケットにもない。一瞬で酔いが覚め、血の気が引いていくのを感じました。記憶を辿ると、最後に鍵を使ったのは、今朝、家を出る時。つまり、会社か、帰りの道中のどこかで落とした可能性が高い。しかし、深夜に会社に戻ることもできず、私は途方に暮れました。幸い、同じマンションに住む、親しい友人がいたので、電話をして、エントランスを開けてもらい、何とか建物の中には入れました。しかし、問題は、そこからです。自分の部屋のドアの前で、私は、完全に立ち往生してしまったのです。友人も、私の部屋の鍵は持っていません。結局、私は、その日は、友人の部屋に泊めてもらうことになりました。翌朝、私は、真っ先に管理会社に電話をし、鍵を紛失したことを、正直に報告しました。担当者からは、「防犯上の理由から、シリンダーの交換が必須です」と告げられ、提携している鍵屋を手配してくれることになりました。その日の午後、業者が来て、交換作業が行われ、私は、ようやく自分の部屋に入ることができました。そして後日、管理会社から届いた請求書。そこには、「シリンダー交換費用（部品代・作業費込み）」として、四万八千円という、私の不注意の代償としては、あまりにも大きな金額が記載されていました。この手痛い出費は、私に、オートロックの鍵一本が持つ、その重い責任と、紛失した際の正しい連絡手順の重要性を、骨身に染みて教えてくれました。そして何より、困った時に、嫌な顔一つせず、助けてくれた友人のありがたさを、改めて感じさせてくれた、忘れられない出来事となりました。